今年一年のタスクログたちと、来年の抱負

はじめに

今年はとにかく会社内・外の活動が増えた一年でした。

お世話になった皆さま本当にありがとうございました。

ソフトウェア開発者として、どう生きていきたいのか。という視界のモヤが少し晴れて、ほんの少しだけ将来に対する見通しがクリアになった気がします。

通勤中にconpassのイベントを漁って、当日でも行けるイベントに飛び入りで参加したり。

打算的な理由で競技プログラミングを始めて、想像以上にハマってしまったり。

オブジェクト指向本を読んで、知識が増えたはずなのに「オブジェクト指向ワカラナイ」となったり。

転職するぞ!と思いつつ、自分の中でもイメージがふわふわしているせいで、なかなか踏み切れなかったり。

思い返すといろいろあったなぁというお気持ち。

振り返ると感謝しかないわけだけど、意外に闇落ちしてたりもするのでどんな事やってたのか改めてまとめてみようと思う。

2019年1月

新年明けて親戚周りも終わり、「いよいよ挙式します」と息巻いてた時期。

日程の調整とかで、方々にいろいろご迷惑おかけしたなー。という印象が強い。

業務もそこそこ忙しくて、ほぼ毎日2時間残業していた感じ。先月(12月)に比べたら200時間切ってるだけマシみたいな感覚。

300時間オーバー働いてる人も知っているので、それから比べたら更にマシ。という心理状態。

日々、電車に揺られながら業務コードの「あの機能はどう改修したほうがいいか」みたいなのを考えてた。

2019年2月

相変わらずJavaJavaしていて、残業は特に変わらずしていた模様。更に深夜稼働もしていたので、軽いランナーズハイ状態。

そんな中でも、「剰余なしでFizzBuzz書こうぜ!」みたいなノリが勃発して、それをもとに出来上がった記事。があったりするので、それなりに楽しさはあった気がする。

このころ、忘年会で先輩からお勧めされたRebuild.fmを聞き始めて、

「正直何を言ってるのか分からん」

となり、このままではイカン。という危機感を覚え始めた時期。

達人プログラマーがラジオ内で紹介されていて、ついでにポチる。

2019年3月

残業がまた増え始めて、再びランナーズハイへ。

ただ、4月になったら好転することは分かっていたので走り切った月。

時間ないながらもモチベも徐々に増してきていて、社外のイベントでハッカソンに参加したりしていた。

当日は何もできなくて、先月に抱いた危機感が「いざ現実」となって軽くパニっくになったり。

改善したいけど、何から改善したらいいのか。

もう、何から手を付けようかあたふたしてた時期。

この辺から、いろいろと「何かやりたい欲」が爆発し始める。

2019年4月

ここで、残業は一気になくなる好転っぷりでQOL爆上がり。

ただ、前職ブラックだったので「こんなに早く上がっても大丈夫なのか?」という社畜精神が抜けず、先輩社員に聞いては呆れた顔をされていた。

そしてこのころからPythonを触るように。

開発環境もLinux(Ubuntu)を触りだして、学ぶ事が多かった時期。

ほぼ毎日、通勤電車でPythonのリファレンス読んでた記憶。だいたいJavaで書くイメージをPythonに翻訳する感じだったので、Javaやっておいて良かった感は非常に強い。

残業も減ってきたので、イベントに顔出したり本を読んだりと今まで溜っていた欲求を解法し始めた。

TDDワイワイ会というイベントで、初めてモブプログラミングという概念を知る。

正直、文明開化の音がした。

この辺から、イベントに対するアンテナとトレンドに対するアンテナが成長し始める。

2019年5月

この辺りから、ソフトウェア開発者としての自覚とか大事にしたいものが徐々に形成されていく。

カイゼンジャーニーを読んだり自社の採用課題に対するアプローチを図ったり、社内でモブプロのイベントを企画・実践したり。

特にカイゼンジャーニーは、自分の中の価値観が変化した良書で本当に読んでよかった。

初めてJJUG(Javaのユーザーグループイベント)に参加したりして、大海を知ったつもりになったりした。(JJUGは、これ移行にも後輩と一緒に参加したりしてお世話になっている)

この時期、ソフトウェア開発者としての在り方を、いろんな人、いろんな意見を聞いて自分に当て嵌める作業を繰り返していた。

合うかどうか分かんないけど、とりあえずやってみようの精神。

自然な流れで転職したいなー。と思うようになったのもこのころ。

とにかく実力と実績が欲しくて、資格を取ったりもした。

そんななか、既に転職した先輩から「面接で競技プログラミングの話したら、ウケたよ」という話を聞いて、かなり打算的な理由でAtCoderを始めた。

初参加のコンテストがAGC 033(難しいやつ)で、一問も解けなくて涙の敗走をした記憶がある。

その時のコンテスト成績は本当にひどい有様でした。

2019年6月

1月から宣言していた新婚旅行でハワイへ渡米。4月頃からマグロのように走り抜けていたが、急にオフモードに突入。

アウラニディズニー行ったり、クアロアで馬乗ったり、移動遊園地行ったりとめちゃくちゃに楽しかった。人生の中でもLA留学の1年間に負けず劣らず楽しかった。

同時期、新婚旅行で財布の紐が緩んだのか、HHKB BTを購入。タイピングの楽しさに触れる。

帰国後はTOEIC受けたり、転職活動を徐々に進めていっていた。

その反面、AtCoderとかイベント参加が一気に激減。して、何かと時間ない問題に直面し始める。

忙しいといいつつ、Amazonのオススメで出てきた金色のガッシュベルを全巻一気に購入。

年甲斐にもなく号泣する。いい漫画ですよね、これ。

2019年7月

本格的に転職活動が生活の一部分を占めるようになった。

企業の情報見たり、自分にはどういう思考があるのか?を今一度確認し始めた時期。

ただやっぱり、業務後に間髪いれずに面接組むといろいろ辛かった。

理由付けするために企業のHRサイトを見たり、上っ面だけで面接するとお互い不幸だ。というのを感じて、これをいつまで続けるんだろうか。という不安感が凄かった。

そんな中、カイゼンジャーニーの次著である「正しいものを正しくつくる」に出会い、ソフトウェア開発のカオスを知る。

製品として自分が作っているものが一気に不安になって、どうにかしたいと、もがき始める。もう、何が正しいのか分からないよ。という状態。

転職活動と自分のスキルアップが両立できていないもどかしさを感じ、悶々とした日々を送る。悩んだ末に何度も「その問題に答えはないのだ。」という結論に達する、「人に依る病」にかかる。

転職や環境の変化、心理的な変化、いろんなものが相まったカオス期そのものでした。

転職活動では自分が信じられないし、開発では開発している製品そのものが信じられない。もう疑心暗鬼の塊のような状況。

ポジティブに活動している風で、実は一番ネガティブな時期だったのかもしれない。

2019年8月

相変わらず転職活動はせわしなく、スケジュールが固定できないもどかしさの中、空いてる暇を見つけてはイベントに顔を出すようになった。

いわゆる「もくもく会」なるものにも参加して、こういう勉強方法と交流の仕方もあるのかー。とちょっと視野が広がる。なんというか、まったりした空間だけど緊張感があって悪くないな。と思った。

面接中にAtCoder(というよりは競技プログラミング)でちょっと盛り上がったりもして、先輩と話した時の記憶が蘇って少し嬉しかった。レートは相変わらず微妙だったけど、このレートより強い状態で話したらもっと面白そう。と感じてAtCoder熱も再燃したのもこの頃。

夏ということもあり、BBQしたり実家の知り合いと飲んだりして意外にリフレッシュできた気がする。

2019年9月

面接で合格いただいたりして、ちょっとテンションがあがる。今までの努力が少し認められた気がした。

イベントとAtCoderも復活して、かなりいい感じに生活できていた。

PyConJP2019は刺激的だったし、技術書典7では今まで気になってた人を見たり、DDD公開収録で設計の色んな視点がある事を知ったり。とにかく得るものが多かった。

順風満帆な気がしていたけど、この月に体調崩して病院に運ばれたり、色々と迷惑ばっかりかける形になってしまった。

原因としては片頭痛だったので、今後の身の振り方をいろいろ考えさせられる出来事だった。

2019年10月

仕事も落ち着いてきていて、4月から相変わらず残業はなかった。

半年で残業が10時間未満という、当たり前かもしれないが良い環境に恵まれた気になっていた。ただ、どこか物足りなさも感じていた。

微妙にモヤっとしつつも、30歳になって20代と決別する。

AtCoderのレートも400を超えて、晴れて灰色から茶色(着色!)できたのは嬉しかった。

10月末にある海外研修の調整をしたり、応用情報の勉強に備えていたので比較的落ち着いた月だった。(結果、応用は落ちた)

海外研修で出会ったメンバーと、ソフトウェア開発者としての考え方とか設計に関する事、人との付き合い方についてめちゃくちゃ熱く語り合ったりもした。酒飲みながら。普段なかなかしない話も、アメリカの解放感とお酒の効果で大胆に話すようになってとてもいい機会だと思った。

海外研修ではUI/UXとか、先進技術とかいろんな話を聞いたけど、結局は研修メンバーと知り合えていろんな意見交換できたことが最高だった。もはやこの為に研修プログラムあると言っても過言ではないレベル。

2019年11月

海外研修から帰国してコミュ力が爆上がりしたので、いろんなイベントに人を巻き込みたくなった。仕事の仕方も少しずつ変わって、いわゆる越境じみた事もやり始めた。

今までお任せしていた仕事も、積極的に絡むようになったし、誰がどんな事を考えて、どういうものを大事にしたいのか気になるようになっていた。

布教活動に近い形でAtCoderを人に勧めたり、JJUGに誘ってみたりし始めた。

結果的に、JJUGには一緒に行く仲間ができたし、ノリで応募したGigaCode2019では今後一緒に仕事したいなーという仲間とも会うことができた。その人もまた、普段の開発で悶々としていて非常に共感するところが多かった。

開発的にはレガシーコードを生み出したくない一心からCleanArchitectureを意識したり、オブジェクト指向を本格的に実践したりして、業務的にもQOL高めだった。

TDDとペアプロを導入して、ちょっとだけカオスなにおいがしつつも全体的には良好な雰囲気で仕事ができて良かったと思う。

2019年12月

忘年会シーズンなので、毎週のように飲み会のお誘いがかかるようになった。

去年に比べると、活動する箇所が増えたからある意味では当然なんだけど、自分が居てもいい場所が増えた気がして単純に嬉しさを感じた。

DDDハンズオンに参加して実体験が増えたことで社内に展開したい内容ができて嬉しいし、今まで大切にしたいと思っていた感情がある種肯定された気がして本当に嬉しかった。

直近参加したモブプロ会では意図せず競技プログラミングの仲間も増えて、非常に嬉しみを感じる。ただ、集まった人みんな強いんで、負けないように努力しないとあっという間に引きはがされるので頑張って追いかけようと思う。

来年に向けて

振り返ってみると、いろんな人と出会えたり、いろんな事を教えて貰って面白い年だったなーと思います。ソフトウェア開発者として何を大事にしていきたいのか?という軸がより一層固まった良い年でした。

根っこにあるものは「カッコイイものを作りたい」なんだけど、それは「ユーザー」にとっても「ソフトウェア開発者」にとってもカッコイイものを作りたい。という事に気づいた1年だった。

そのためには、越境してユーザーに価値のあるものを提供する必要があるし、ソフトウェアをよりソフトにするために技術的負債に対するアプローチをしないといけない。

そんな思いから、今年1年で開発する上での考え方はかなり変わって、以前より抽象的な考え方をするになりました。

例えば今まで開発するときに大事にしていたのは「まず動くかどうか」という至極当たり前の部分にとても注視していて、「どうやって効率的に動くものが作れるのか」とか「どういう書き方が”正しいのか”」といったかなり細かい事を気にしていました。

決まったゴールに向かって、とにかくスピーディーかつキレイに作ろう。という精神ですね。

ただ、今ではそれが変わって、「まずゴールがそもそも正しいのか分からない」という観点を強く持つようになりました。ユーザーが嬉しくないものはなるべく生みたくないし、作った結果、ソフトウェア開発者が苦労するようなメンテを強いるプロダクトも作りたくない。

この思いは、いろんなことを勉強すればするほど強くなっていく予感がしている。

正直なところ正解なんてない気がするし、毎回仮定でしか動けない。

ただ僕の場合、思考停止で得た成功はきっと、棚ボタの成功だと思う。

もし、異なる課題に遭遇したときに解決できる地力がないと、結局また棚ボタを祈るしかない気がする。そんな生活を10年20年と続けるのは正直辛いので、時間に余裕がある今のうちに力をつけていきたいと強く思う。

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